昨日は宗教法人のクライアント様との会食
ご住職と目黒でランチをして参りました。
来年にかけて手続きを行う規則変更認証申請の打ち合わせがメインでしたが、話題はいろいろなところに渡り・・・
中でも私がとても印象に残ったのが、”四十九日法要の謂れ”について。
ご住職もいろいろとお考えをめぐらせたんだとか。。
もちろん諸説あるとは思いますが、
「7日単位で修行を重ねていくというもの」
それが7×7に及んだことから49ということ。
つまり、そう簡単に悟りというかお導きというか、そういう”結果”みたいなものは見い出せないのだと。
努力をしても報われないことはよくある。
はたまた、悪行三昧でも、涼しい顔で現世を生きている人もいる。
でも、その結果というか、お裁きは、直ぐにその人に及ぶものではないということ。
自分の代よりも何代も後世の孫や子の世代などに顕れる。
そう考えると、自分が悪い行いをしたことが後世の者に影響があると思うと、なんか忍びない・・・
自分だけで完結し、自業自得だから仕方ないと思えることが、後世に結論が持ち越されているとしたら、ちょっと背筋が凍る思いです
今から間に合うかは分かりませんが、改めるべきは改めよう、そう思う午後のひとときでした。